血と汗と涙、というより、ただそれが日常だった。
テスト前の1週間だけが、唯一の休みでした。
それ以外の日は、朝から晩まで吹奏楽部。授業が始まる前に約1時間の朝練。放課後は音楽室に直行して、7時ごろまで練習。コンクールが近づくと、9時まで残ることも普通になりました。
今になって思えば、すごいスケジュールです。でも当時の私は、つらいとも思っていなかった。それが当たり前の一日だったから。毎朝早起きして、サックスを吹いて、帰る。それだけのことが、ごく自然に繰り返されていました。
入部してすぐに楽器を渡してもらえるわけではありません。
最初の数週間は、まるで運動部。マラソン、腹筋、背筋。「吹奏楽部なのに?」と思ったけれど、管楽器には体幹も肺活量も必要で、今になれば意味がよくわかります。発声練習もありました。声を出すことと、息を吹き込むこと。根っこのところでつながっているんですよね。
体が慣れてきたころ、ようやくマウスピースだけを渡されました。楽器本体はまだ先の話。廊下や屋上でひたすら息を吹く日々。ぴーひゃらら、とひどい音しか出なくて、恥ずかしいような、おかしいような。屋上の風にのって、その情けない音があちこちへ飛んでいくのが、なぜか妙に解放的でした。
夏休みが近づくと、「楽器を買う」という話が部員の間で出始めます。私もそのころ、初めて自分のサックスを手にしました。学校の備品と、自分のもの。構えたときの感触がまるで違う。それが嬉しくて、ますます練習に夢中になったのだと思います。
朝練の空気は独特でした。
まだ人のまばらな廊下を歩いて音楽室に入ると、ひんやりとした空気の中に金属と油のにおいが混じっている。その感触が、一日の始まりの合図みたいなものでした。ロングトーンから始めて、音階を吹いて、パート練習へ。音がうまく出た朝は、それだけで一日が少し明るくなる気がしました。
放課後の練習は、また別の空気がありました。
全員が揃って合奏になると、バラバラだった音がひとつの流れになっていく瞬間がある。その感覚がなんともいえず気持ちよくて、もっとうまくなりたい、とただそれだけを思っていた気がします。
コンクールの前は、9時まで。外が暗くなって、帰り道はいつも少し疲れていたけれど、充実した疲れでした。「つらい」より「もっとやりたい」が先に来る。音楽に夢中な子どもというのは、たいていそういうものなのかもしれません。
引退の演奏会まで、その日常は続きました。
気がつけば3年間、サックスと一緒に過ごしていた。フルートを吹くつもりで入った部活で、サックスにどっぷりはまって、ただひたすら吹き続けた3年間。
つらくなかったのは、好きだったから。そう気づいたのは、もう少し大人になってからのことです。


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